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2006年07月09日

サッチモちょっといい話 8

ニューオリンズ・ルイ・アームストロング国際空港!!

ルイ・アームストロングがニューオリンズの貧民街で生まれたのは1900年7月4日、アメリカの独立記念日---と信じられていた。しかし、1980年代になって、ナントその日付が間違っていたことが分かった。

ニューオリンズで初めてジャズを演奏し始めたと言われている、トランペッターのバディー・ボールデン。この伝説のジャズ王のリサーチをしていたある研究者が、偶然教会の洗礼記録の中に、ルイ・アームストロングの名前を見つけたのである。
新発見によると、ルイの誕生日は、今まで信じられてきた日付の約一年後の1901年8月4日、本人も死ぬまで知らなかった新事実であった。当時貧しかった黒人の多くの家では、誕生日が不明なことが多く、子供達の生年月日を独立記念日やクリスマス、大晦日や元旦として届けていた。ルイもそうした家庭の子どもとして生まれたのである。サッチモの本当の誕生日から100年目、2001年のサッチモの夏は素晴らしい夏となった。2001年7月5日、ニューオリンズ市議会はマーク・モリアル市長から提案されたニューオリンズ空港の名前をルイ・アームストロング国際空港に変更する法案を全員一致で可決したのだ。1971年7月6日に無くなったサッチモ。その30年目の命日の1日前に可決、命日に発表、と言う心憎い演出!! 生誕100年の2日前、2001年8月2日には新サッチモ空港で一大セレモニーが行われた!! 
ハッピー・バースデイ・サッチモ!!!

サッチモ空港命名の立て役者、ニューオリンズ市長マーク・モリエル氏は、ジャズのパイオニアでトロンボーン奏者のキッド・オリーの親戚にあたる。モリエル市長の母がオリーの妹に当たり、オリーはモリエル市長の叔父さんなのだ。なかなかのやり手、若手市長で、アイデアマンで、サッチモの100年を記念し、ニューオリンズ国際空港を、“ルイ・アームストロング国際空港”と命名する法案をニューオリンズ議会に提案。、一部の勢力の反対もあったが法案は満場一致で採択された。

1931年、ニューオリンズに里帰りしたサッチモは、現在の空港の側にあったサバーバン・ガーデンからのラジオ放送に出演した。その時マイクを握っていた白人アナウンサーは黒人を紹介しなければならない事に戸惑い、こう言ったという。“レディース・アンド・ジェントルマン、申し訳ありません、私にはとてもこの'ニガー'を紹介する勇気はありません、、、、。”  

70年の時が流れ、空港に彼の名が付く様になるとは!!サッチモも,天国で“オー・イエス!!”と叫んで、高らかにトランペットを吹き鳴らしているに違いない!!


posted by saints at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | サッチモちょっといい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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