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2006年07月11日

サッチモちょっといい話 6

サッチモの涙

ニューオリンズのカーニバル、マルディ・グラの祭り。一週間もの間、色とりどりの豪華な山車を中心にパレードが繰り広げられる。

“ミスター・マルディ・グラ” と呼ばれるブレイン・カーンは、この山車の製作の大ベテランだ。
彼はサッチモの大ファンで、ニューオリンズの地元誌にこんなコラムを寄せていた。「まだ若くって、ニューオリンズのアート・アカデミーの学生でやっとマルディグラ・パレードの山車職人の駆け出しの道に入った頃のことさ。
1950年、20歳そこそこ。なんとルイ・アームストロングが、ジャック・ティーガーデン、ビッグ・シド・カトレット、アール・ハインズの様なジャズの巨人たちとニューオリンズにやって来るって聞いたんだ。私は、父がプロモーターだったからジャズで育ったようなもの、ジャズの虫だったんだ。

市の公会堂でコンサートがあると聞いて、稼ぎがなかったのにお金を借りた。300ドルもネ。それで公会堂の一番前の席を買ったんだ。当時入場料は$4:95か、$6:95かだったから、一列全部買い占めたようなものさ。
是非是非、仲間たちに素晴らしいサッチモのジャズを聞かせてやりたかったんだ。

ところが、150人もいたアート・スクールの仲間は誰も切符を買ってくれない。ボクは儲けようなんてつもりじゃない。
ただ、ジャズの最も偉大な人を、みんなに見せたかったんだ。結局のところ、その切符はほとんどみんな私がかぶってしまって、当日はタダで切符をあげた友達や、姉さんや妹たちと公会堂に出かけた。でも、そんなことはどうでもいい。なんたって、最前列だぜ! 目の前のルイの演奏!! それは最高だった。

コンサートが始まってしばらくたった頃、ひとりの老人がステージに向かって通路を歩き始めたんだ。
演奏中のサッチモはこの老人に気づくと吹くのをやめ、何故か急に泣き出したんだ。
老人がステージにあがってバンドのほうに近寄ると、ルイはもう大泣き。その老人は脇の下にタオルにくるんだ何かを抱えていた。

そして、そのタオルを開けるとルイにボロボロのコルネットを手渡したんだ。それは、ルイが生まれて始めて少年院で吹いたコルネットだった。そして老人は、少年院で彼を教えた先生だったんだ。

老人が楽器を手渡すと、ルイは彼に抱きつき、二人は泣きじゃくっていた。そして、二人とも大きな声で笑って……。
素晴らしかったよ。髪の毛が逆立つような感動ってのは、あれだね。50年経った今でもおぼえている。

300ドルの借りを返すのには丸一年かかった。でも、その価値はあったさ、歴史的瞬間を目撃したんだから。
ルイが恩師と最初のコルネットに再会するという歴史的瞬間をね……」
posted by saints at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | サッチモちょっといい話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
8年前の記事にコメントもないでしょう、、ですが。。

泣けました。泣きました。
Posted by わたなべ 元 at 2014年05月13日 13:57
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